屋久島いい加減釣り日記

Profile


1971年北海道生まれ・北海道育ちです。

なぜか15年近くタイに住んでおり、現地でのんびり会社をしていましたが、環境と政情の悪化から、2014年8月に家族と共にタイを離れ、第2の移住先としてニュージーランドと屋久島を検討。
視察の結果、屋久島を選択して10月下旬に屋久島入りし、11月半ばに屋久島南部・平内へと移住してきました。

屋久島でルアーを始めたのは2015年8月からですが、海釣り自体は小学校に入った頃から、ルアーについては、川・湖のイワナ・ヤマメ・マス類は中学生頃からやっていました。
高校に入ると、片道30キロ程度なら1人で自転車で釣りに行くようになり、大学時代にはブラックバス他も少々。

北海道の海は基本的に根魚ばかりなのと、海でのルアーなんて当時は無かったようなものだったので、基本餌をつけての投げ釣りでした。
ガキの頃から釣りをしていると、まあとにかくお金がないんです、竿やリールは最初に何とか揃えるとして、毎回の餌に仕掛けにオモリ等、当然ながら大人のようにはお金が回りません。

ですので、釣り場で拾った仕掛けを大事に再利用し、餌は浜に行って掘ったり岸壁のエラコを採ったり、オモリは石で代用したり、仏壇の羽箒の羽で毛鉤を自作して爺ちゃんに怒られたりと、それはもうケチ臭く、工夫しまくりました。

高校に入ると、毒蛇のマムシをとっ捕まえて営林署へ持っていくと1匹につき5000円(途中から4000円)貰えるという合理的な技を知り、イワナ釣りがてらマムシを捕まえて釣り代を稼げるようになりました。
危ないと怒られそうなんで親にも言ってなかったですが、普段の小遣いとしても貴重な収入でした、そのせいで高校時代の釣りは渓流が主になってしまいましたが。

とにかく貧乏な釣りが長く続きましたが、回数だけは行っていたので、道具を揃えてやって来る大人達よりも確実に腕は上回っていました、親父達と一緒に釣りに行っても負けた記憶は殆ど無いです。
なお北海道での大物記録は、戸井漁港でのアブラコ(アイナメ)64cm。

そんな幼少時からの経緯もあって、私の根本には「いい道具を使えば釣れるわけではない」というのがあります。

・・・がしかし、いざ屋久島に来て、2015年2月に適当に安い道具を揃え、懐かしの餌釣りで釣り糸を垂れてみると、それはもうひどい目に遭いました。

  • まず適当に釣ってみよう、ハリスは4号でいいだろ→頻繁に引きちぎられる→5号にする→毎回一度は引きちぎられる→6号にして遠慮気味に足元に垂らす→恐ろしい重さの魚が掛かり、針を伸ばされる
  • ふっふっふ、今日の針は丈夫だぜ?→走られてドラグが止まらず、なすすべもなく糸を全部出された挙句に根元から切られる
  • 竿を1本投げて2本目の用意をしていると最初の竿にアタリがあり、手を伸ばそうとしたら竿が10m近くすっ飛び、そのまま沖へ泳いでいく

・・・なんなんだここは。どうなってやがる。

とにかく魚がでかい。さらに大きさの割に引きが強烈な魚が多い。
GTとかいう頭オカシイんじゃないかと思う位でかい魚が、堤防の内側泳いでるし。
俺をどうするつもりだこの島の魚どもは。

とまあ、以前の北海道での釣りの知識なんて、少なくとも道具面では何の役にも立ちませんでした。
向こうには青物なんていませんでしたし、一番でかい底物でも60センチそこらのアイナメかカジカ・ホッケ・ソイ程度でした、今思えばそいつらの引きなんて多少でかくても大したことはないです、一回り以上小さいイスズミの方がよっぽど引きます。

まあ気を取り直して、この島の魚達を刺身他で堪能すべく、対象魚について少々勉強し、適切と思われるタックルを揃え、2015年8月からルアーを始めてみました。


なお私が北海道を離れて以降、温暖化が進んだせいか、今では函館周辺でヒラメにブリ、アマダイ等まで釣れるようになっているそうです。
タイの類は皆無、ブリは例外的に伊達市近く虻田の発電所周辺のみ、ヒラメも南西部で稀に釣れるのみ、サバも道南東部で稀に、だったのが、今では普通に釣り対象になっているとか。
戸井漁港ではマグロが水揚げされてるとか、隔世の感というか、もう完全に別世界、( ゚Д゚)ハァ? です。

雪も、函館市内は今では3月中に溶けてしまうとか。
4月の始業式にも雪が残っているのが普通で、ゴールデンウィークに自転車で何十キロも走ってダム湖に釣りに出かけ、ワクワクしながらトンネル抜けたら湖面がまだ凍結していて愕然としたりしていたのが、えらい変わりっぷりのようです。

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